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92歳のパリジェンヌ

原題は最後の教え、というのに日本人の耳目を集めるために改題したのかな。

老いて体が不自由になり運転もままならなくなり

粗相も擦るようになった母。92歳の誕生日に2ヵ月後に命を絶つことを家族の前で宣言することから始まる。母が死ぬ、ということを二人の兄妹は受けきれず

混乱するも母の強い意志を汲んだ妹は徐々に認めていく。

良心の呵責というか夢でうなされたり子供のころ、母親と離れて感じた寂しさをオーバーラップさせたりと描写がたくみ。思い出の若い母親とダンスする様も

母親の自由さ明るさを表現していて良かった。兄とは分かり合えないまま別れてしまったのだが受入れ人受入れられない人それぞれだと思う。

怒り

猟奇的な殺人事件の容疑者に似ている三人の男を巡る物語。

沖縄の旅人編、漁港の漁師編、都会のゲイ編と三つの物語が交差していく。この三者の内誰が犯人か、と見ている側は推測していく格好なのだが真犯人は別枠にいてもよかった気がする。猟奇的な殺人を犯した犯人はこの人だと着地させるのはなかなか難しいものがあった。

何しろ、動機付けの説明が別件でつかまった容疑者の語りであったし、なんか腑に落ちない。ミステリーのまま進めてもよかったのでは。

それでも、テレビで報道される犯人像と身近な人を結び付けてしまいそれまでの信頼関係を壊し、壊したため自責の念に責められるという複雑さを持っていた。でも三者でやるババ抜きの様になってしまった感がある。観客も誰が犯人か、みんな犯人で泣ければと思っていただろう。

都会のゲイ編を主軸においてゲイの付き合いのはかなさをテーマにしても面白かったかもしれない。

君の名は。

男女が入れ替わりまわりをトラブルに巻き込んでいく

ブコメディかと思いきやしっとりと楽しめた。アニメーションで描かれる東京の風景もクレパステイストで美しく瑞々しい。二人の愛の力が時空を超え命を救うSF作品とも言える。ストーリーは東京で暮らす男子と飛騨で暮らす女子の心が目覚めるたびに入れ替わり、混乱しながらも変身後の自分を徐々に受け入れ、日記を介してお互いの存在を認め合っていく。東京での生活のシーンは受入れられるが、飛騨の生活のシーンが不自然で腑に落ちない。

巫女、口かみ酒の儀式、ご神体とその周辺の風景など

地元に昔からある感じがしない、都合のよさ、がある。

丁度、ニュータウンの名称が「光が丘」、「虹ヶ丘」などイメージ専攻でつけられた新しい地名の様に、それまでの土地の歴史を分断させるような、違和感、唐突さ、があり飛騨のシーンは受入れにくかった。アニメで古代史のフィクションを違和感無く描けていたのはもののけ姫だと思う。相当なバッググラウンドが作品の根底にあって違和感を感じさせなかった。本作品もそれがあればよかったのに。

1200年ごとにやってくる彗星に過去に襲われた人々が、その災いを後世に

伝えるため、伝承者と壁画を残したと言うのは、東北の津波を意識しているのであろう。なぜ、震災とたくさんの人の死を描く必要があったのだろう。

 

 

 

 

 

後妻業の女

久しぶりに味わい深い作品を見た。

しみじみとよい。

結婚相談所で知り合う持病もちの金持ち爺さんたちを

次々と手篭めに公正証書の遺言状で遺産をすべて奪っていく小夜子。

その手法が同じ繰り返しのところに、浅はかさを感じてしまう。

小夜子は二重人格ともいえるだましのテクニックで銀行員や探偵を

振り回していく軽快さはみていてすがすがしい。

小夜子演じる大竹しのぶ尾野真千子キャットファイトも見ごたえ十分。

ベッドミドラーの曲も黄昏のビギンも旨い肴と旨い酒の関係みたくよい。

 

シン・ゴジラ

特撮で話題のゴジラ映画を見た。

でも特撮というよりは泥臭い人間劇を見た感がある。

監督はアニメ映画エヴァンゲリオンの方だが、そのテイストを

生身の人間に置き換えていた風であった。アニメではアニメとして見過ごせた演出が

生身の人間では妙に鼻に付いた。

 

ゴジラというなぞの巨大生命に都市が破壊され、各省庁の対策・奮闘振りが描かれているが既視感がある。やはり、大震災や大地震で混乱する行政や逃げ惑う人々の様子をくまなくテレビで見せられてきた現代人にとってはもはや見慣れた光景だ。これまで混乱と恐怖を監督の思いで描かれていたものが、実際の大震災を経験した結果、陳腐なものになりがちなのだ。

怪獣映画の描く混乱した世界は、現実に及ばなくなったのだ。そんな時代に生きているのだ。

対策を採るために編成された行政マンたちは布陣を敷くために会議室に机やコピー機やPCを持ち込んで整然と並べていく。会議と調整を繰り返していく様子はもはや喜劇であり風刺だ。

監督はゴジラを通して現代日本を風刺したかったのだろうか。

オマールの壁

恋人との自由のために分離壁を命がけで乗り越えていく。。。

パレスチナの置かれた現状が頭に入っていないので

ストーリーを深く追えなかったが主人公のオマールたちは

支配されている側と言うのは分かった。

友達との企み、友情を守るために拷問も耐え、そして裏切り。

パレスチナの町並みを疾走する姿は鮮やかだった。

最後、オマールは軽々と乗り越えれていた壁を乗り越えられなく

なっていたのだが、これは何を意味するのだろう。

マリーゴールドホテル 幸せへの第二章

前作が面白かったので、期待したが尻すぼみな感じ。

余生を過ごすためにインドへ逗留している彼ら彼女らの話だったのだが

かの地で第二の人生を新たにトライする格好になっており、死別や老いの寂しさなどが手薄になっている。

ホテルオーナーのソニーの空回り振りと婚約者との騒動がわずらわしく

ラストダンスのシーンは興ざめの目で見た。