読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヤクザと憲法

大阪の街中、ランドセルを背負った子供の向こうに在る二階建てビル。

これがヤクザの住まいとは気づかない。わたし達の日常の中にある「異端」を分かりやすく示すところから作品は始まる。

住み込みの兄さんにカメラを回しながらあれこれ聞く。キャンプセットの袋をマシンガンですか?と聞くと観客はどっと噴出すのだが、穏やかに答えていた兄さんが見せた背中の刺青で、油断していたことに気がつく。

カメラはヤクザの暮らしぶりを映し出す。思った以上に質素なのだが、

男だけの暮らしであることに気がつく。お茶出しも料理も掃除も洗濯も皆男である。

そんな中、組長が見回る先の新世界の女店主やヤクザ専門の弁護士の事務員は

いかにもツワモノな女としてホッとさせてくれる。ここのところがテレビ的というか。

奇妙な団体生活の中で生まれてくる親近感、愛情が見えてくる。

 

カメラはしのぎの瞬間も捕らえていた。高校野球賭博や何かしらの集金の現場。

非合法な何かでしのいでいる。

 

映画はヤクザの置かれた窮状を見せてくれた。

そんなに苦しいのならヤクザをやめるしかないが、やめてどうするか

ヤクザはセーフティーネットなのか

 

どんな業界でも団体組織がありその権利を主張し組織利益を守るのは

一緒なのだ。「ただ今」を見せる作品だった。

警察の恫喝にもヤクザの恫喝にもひるまずカメラを回し続けたことに感服!

オデッセイ

アメリカ人のプロジェクトに対する考え方が分かる作品。

近未来の人類は火星に到達していた。植物学者のマーク・ワトニーは

砂嵐に襲われ死んだと仲間に思われ火星に取り残された・・・

ここから、火星側と地球側で救命劇が始まるのだが

そのどれもが前向き。

悲観的にならずに、課題を如何にして解決するかその策を練るところが

見所だ。

マークも残された機材で基地内に畑を作ったり水を作ったり

過去の実験機材を掘り起こして少ない駆動部分を16進法で

通信を試みたり。

地球側も、彼の遺体を人工衛星で捜し出そうとしたときに

異変に気づき、生存を確信してからの奮闘振りも面白い。

補給線を3ヶ月で作るように段取りしたり鼓舞したり

急ぐ余りに点検をおろそかにしたせいで補給船を積んだロケットは

爆破するも、中国が手助けしたり。

 

如何にして課題を見つけて解決するか、という教材のような映画だった。

 

 

X-ミッション

派手なアクションが、すべて実写で撮られていると言うところに

驚くのだが、アクションがすごすぎて、アクションとアクションを繋ぐ

物語がいまひとつ・・・

派手なアクションを売り物にしたスタントマン・ジョニーユタが

友達を亡くしたことをキッカケにFBI捜査官となる→なんで?

実習中に起こった事件を推理し、エクストリームスポーツを通じて

壊された自然を戻そう、という集団に行き着く。

なんともご都合よき物語の部分は凡庸だが

バイクジャンプ、スカイダイビング、サーフィン、殴り合い、スカイスーツ、クライミング、スノボー、バイクと生身のアクションは最高だ。

同行するカメラマンもすごい!

 

物語部分のロハスシーシェパード系の狂い方があって

受付けられない。

さらば あぶない刑事

テレビ放送開始30年がたつ刑事バディ作品の元祖。
軽妙なやり取り、ダンス、服、酒、女、クルマと
男を引き立てるエッセンスが凝縮されている。
今日日、目の肥えた観客には飛躍しすぎ、現実を超えすぎと
興醒めるかもしれないが、そこは忘れて美学に酔うべきだろう。

最後まで重苦しくせず軽妙さが伝わる作品だった。

サヨナラの代わりに

ALSになったケイトとそれを介助するヤンチャな大学生ベックとの
バディ映画。「最強の二人」の流れを髣髴とさせるように
ケイトは恵まれた人生を送り、ベックは自暴自棄な生活であった。
二人はお互いに感化されながら、人生を深めていくという体。

この作品、登場人物が通り一遍の役割ではなく、それぞれの性格や生活があると
匂わせているのがすごい。悪人、がいないのだ。
魔がさしたり、勘違いしたり、共依存になったりとそれぞれの
弱さがきちんと描かれていた。

ALSになってしまい、夫エヴァンの人生を奪ってしまったと嘆くケイトは
彼の浮気を自分のせいにして彼から立ち去ろうとする。
彼を失うことで見えなかったもの、失われていくものが様々に浮かび上がり
それでもケイトを見捨てずに戻ってくるところが妙味だった。
単に、ベックとの友情物語に済ませなかったのがよい。

ベックも教授との不倫を隠しつつ、エヴァンの過ちを責める立場にないと指摘され
共依存の様になっていたベックと別れを選ぶケイト、それは優しさからか。
大学を止めて介護に精を出すことに自分の存在を見出そうとするベックを
叱り、彼女もまた、自分のために人生を台無しにしているときが付いたのだ。

それでもベックとエヴァンは決して分かれることは泣く
ケイトの傍に戻り彼女の死を見送るのだ。

同じALS患者としてケイトを励ますマリリンの存在も大きかった。
人生をより深く感じていると言う彼女の境地はどんなものだったろう。
そして彼女を失った夫の気持ち、逃れられない死を前にしても
堂々と人生を生きていったのだ。

ただ、この作品は難をいえばすべてが完璧なピースとなって
作品を作り上げている。無駄なものがないのが気になった。

エヴァンはどのアングルからも美しかった。

消えた声が、その名を呼ぶ

オスマントルコ帝国によるアルメニア人迫害の悲劇の中にあった
娘との再会への旅の物語。
鶴を見たものは遠くを旅する、と昔子言い伝えを双子の娘に語った
ナザレットは、まさにその言葉通りになった。
理由もなく連行され、道路工事の強制労働をさせられ
次々に行き倒れする仲間たちを見送るなか、山賊に襲われ喉を切られたため
声を失う。主人公なのに話せないという設定は面白く
周りが物語っていくところが、よかった。

連行先のシリアから海を渡って、キューバ、ノーズダコダと娘の跡を追い続けていく。
行く先々での受難に耐えることでナザレットは心が磨かれていくような
成長物語にも見える。

ナザレットに力を貸す人物は少なく、ほとんどが障害だ。
その絶望の中で彼を救うのが妻や娘たちの霊?幻覚?だ。
心に住まう希望が彼を救うのだ。

クリード チャンプを継ぐ男

青年の成長物語とも言える。
主人公のアドニスは名ボクサーアポロの不肖の子として
正妻に引き取られ、ぬくぬくとボンボンらしく育てられ
貧困からの脱出、という泥臭さもなく、軽いタッチで
ボクシングに励む姿が描かれている。
YOUTUBEやiPHOMNE、クラウドなど現代用語も上手く散りばめて
過去の人であるロッキーを際立たせていた。

ロッキーの指導を請い、成長を擦るもまだ無名の彼は
アポロの血を引くものとしてのみ価値があり
興行を成功させようとする、コンラン陣営に利用されるのも
ロッキー1の下敷きが合って面白い。

コンランに打ちのめされても立ち上がる姿は思わず涙する。
ロッキーシリーズを見ている人にとっては痺れるような構成なんだろう。

親子、父親越え、母への愛など家族愛も含まれて言る。



マイケルBジョーダンの端正な美しい顔とカラダを見るだけでもよい。